プログラミング

【初学者目線】プログラミングスクールに通う前に考えるべきこと

こんにちは、辻野(@dedepoblog)です

未経験エンジニアが転職するにあたり、必ず通る質問が「プログラミングスクールに通うべきか、否か

私自身、ITベンチャーから業務委託をいただけておりますが、まだまだ半人前ですので、基礎固めの勉強は続けています

これまで私はスクール等には通わず一貫して独学で行ってきましたが、スクールのリサーチは色々をしてきております。リサーチをした結果、現状は通わないという選択をしているという状況です。

そういった経緯がある自分が冒頭の質問に回答することで、誰かにとって何か参考になることがあるのでは?と思い、記事を書くことにしました

最初にネタバレをすると、この記事の結論は「人による」です。

ただそのような毒にも薬にもならないようなことを述べてもしょうがないので、なぜ自分がそう思うのか、そして「人による」として上で私自身は通わないという選択肢を取るのか、について書いていきたいと思います。

これからプログラミングスクールに通うことを検討している人、あるいは今現在通いながらも意義を見失いかけている人などに読んでもらえたら幸いです。

スクールに通わなくてもエンジニアにはなれる

まず大前提として、スクールに通わなくてもエンジニアにはなれます

独学もスクールも、知識を身につけるための手段の違いであり、どちらかでないといけない、なんてものはありません

たまに、スクールに通わないとエンジニアになれない(あるいは極めて難しい)と考える人がいるようですが、決してそんなことはありません

独学だけでエンジニア転職に成功している人もたくさんいます

もちろん、独学とスクールどちらの方が多いか?という統計を取れば、それぞれの手段の確度を見ることはできますが、いずれにせよ、全然現実的な数字の割合で独学勢はいるのでは?と思っています

独学かスクールかというのは、大学受験で言う所の宅浪か予備校かというのと同じ対比構造です

「予備校に通わないと東大には受かりませんか?」という質問は極めてナンセンスでしょう

宅浪だろうが予備校だろうが、受かる人は受かるし落ちる人は落ちます。

大事なのは外側から見た学習形態の違いではなく、具体的にどのようなことを学習したかの中身の方です。

議論すべきはこっちの方です

この手の質問をする人の危険なところは、予備校側のポジョショントークにうまく乗せられた挙句、「予備校に通えば自動的に東大に受かる」と自分に都合よく解釈をしてしまいがちなところです

つまり、プログラミングスクールに通ったからって、必ずしもエンジニアになれるとは限らないのです

厳密には、どこかしらIT(っぽい)企業には内定をもらえるかもしれませんが、自分が希望していたような分野とはかけ離れたところに入ることになるかもしれない、ということです

Rubyなどの流行りの言語を学んでモダンな開発環境の企業で働くことを期待していたのに、蓋を開けたらレガシーな金融システムSESとしてJavaを触っていることになるかもしれません

(あくまで本人の就職観と実態のミスマッチという話であり、特定の何かを貶める意図はありませんので悪しからず)

独学にしろスクールにしろ、結局勉強するのは自分です。大切なのは「何が学べるか」「何は学べないのか」の中身の方です

スクールに通うにしても「そのスクールで何を学びたいのか」はあらかじめ明確にしておいた方が、失敗は防げるのではと思います

価格=価値ではない

では、独学のメリットとは何でしょうか?

それはズバリ、「コストがかからない」ことです。つまり、安いってことです笑。

私は本気で、これが最大のメリットだと考えています

と、こんなことを言うと、次のような反論が飛んでくるかもしれません

「確かに独学なら安上がりかもしれないが、転職という人生の大きな決断をする上ではある程度の初期投資はすべきではないか?そこで目先をお金をケチってもしょうがないのでは?」

この意見はごもっともです

ごもっともなのですが、ここでは少し違う角度から勉強方法というものについて考えてみましょう

そもそも、なぜ独学は安いのでしょうか?

言い換えれば、なぜProgateやドットインストール、その他書籍や動画教材などの代金は、スクールの代金よりもはるかに安く済むのでしょうか?

これはそれら独学用教材の提供が「ストック型のビジネルモデル」だからです。

ストック型というのは、「最初作るのに手間はかかるが、一度出来上がってしまえば勝手に収益を増やしてくれる仕組み」のことです。

書籍は一度書いてしまえば、あとは自動的にどんどん売れていきます

もちろん広告を打ったりして能動的に売り上げを増やすこともするかもしれませんが、大した手間ではありません

Progateやドットインストールも同じです。最初に作る手間はかかりますが、一度作ってしまえば、コンテンツが消費されてなくなる、ということはありません

極論、今後一切手をつけなくても、毎月何人もの有料会員が入ってくるだけのコンテンツパワーはあるでしょう

ストック型ビジネスは「自分の分身を作ること」とも表現できます

自分の経験や知識を詰め込んだコンテンツを一度作っておき、あとはコンテンツに自分の代わりに働いてもらえます

そしてインターネットの普及により、私たちは全世界と簡単に繋がることができます。無尽蔵とも言える潜在顧客にリーチできるチャンスがあります

だからこそ、客単価一人あたりを安くしても十分に収益を確保することができます。だから独学用教材は安く済むのです

また、コンテンツに代わりに働いてもらえるということは、自分自身はまた新しいコンテンツを作るだけの時間を同時に確保できるということです

もちろん、しっかりと中身のあるコンテンツを作る必要はありますし、働いた分だけお金が稼げる保証もありませんが、収入は青天井にどこまでも伸びていけます

これがストック型のビジネスモデルです

対してスクールは、教員に直接教えてもらいながら勉強するスタイルです

これを教員側から見ると、自分の物理的な時間を消費し、消費した分だけのお金をもらう、という流れです。

このような収入のことを「フロー型のビジネスモデル」といいます

通常のサラリーマンの給料も基本的にはフロー型の収入です。働いた分は確実にもらえますが、逆に言えば働いた分しかお金をもらえません

ビジネスマンとしての経験値は自分の中に蓄積されますが、働かなくても自動的にお金を生み出す仕組みを残すことはありません

スクールの料金が高いのは、高価な人件費を稼ぐ必要があるフロー型のビジネスモデルあるからです。ストックコンテンツのように世界中で同時に働いてくれることはなく、ある一定の限られた人数に対して労力を投じることとなるので、客単価は高くならざるを得ないのです

経営側から見て人件費というのは、大きな固定費です。固定費がほぼかからないストック型教材に比べ、一定の固定費がかかるフロー型のスクールは、収益が立たない=エンド、なのです

さて、ここで大切な観点は、「コンテンツの価格は必ずしもコンテンツの質で決まるのではなく、ビジネスモデル等その他要因でも左右されうる」ということです。

言ってしまえば、スクールで高い金を払ったからといって、自分が期待するそれ相応の価値が得られるかどうかは、全くの別問題だと言うことです。

ロクな教員を抱えていない、教材が分かりにくい、SNSで炎上する

高いお金を払ったからって、必ずしもその金額分のリターンを得られるとは限りません

金額が高いからといって中身もそれ相応にいいものであるはずという考え方は、悪い大人たちからすれば格好のカモでしかありません。

長期的なリターンを得るためには、短期的にはリスクをとることも必要でしょう

しかし、取る必要のないリスクまでわざわざ取りに行くのはただの無謀です。お金をドブに捨てることになる可能性も考慮すべきです

誤解のないように言っておくと、決して「スクールは金額の割にクオリティが低い」、ということを言いたいわけではないです

あくまで「高価だから良いものだ」と短絡的に考えるのは危険だよ、自分なりに価値と価格のバランスを勘案しようよ、ということが言いたいのです

独学は何度でも失敗できる

さて、ここで「安いことがとても大切」という話に戻ってきます。

私は安いということを、「失敗したときのリカバリーが効きやすい」と捉えています

Progateやドットインストールは最初は無料で利用できるし、有料会員でも高々月1000円程度です。書籍もどんなに高いものでも5000円はしないでしょう

Udemy等の動画講座は定価だと1~20000円くらいするものもありますが、セールをしているときなら平気で9割引きになったりもします

例えイマイチな教材を買ってしまったとしても、いくらでもリカバリーが効きます。また違うものを探せばいいだけです

質の悪いスクールに数十万払うことに比べれば、大きな損失ではありません

気軽に失敗できるからこそ、最初の一歩をためらわずに踏み出せます

そもそも、スクールにしろ書籍にしろ、「その対象にお金を払うまでの価値があるのか?」は実際に買ってみないと分からない、というジレンマがあります。

そこで普通の人は失敗を避けるために、経験者の声をリサーチします。書籍を買う前にレビューを読むのは、まさに金額と価値を釣り合いを予測し、判断するための行為です

書籍程度ならアマゾンレビューを軽く読むくらいで購入してしまってもいいでしょうが、スクールとなると金額が金額なので、より慎重になることが求められます

あれこれ悩んで動けないという状態が一番勿体無いです。だからこそ私は独学用に教材を「まず買ってみる」

中には合わなかったものもあったけど、それは仕方ないと割り切れる。

この気軽さ、気楽さが独学の強みです

だからもし仮にスクールに通うのであれば、そこの卒業生がどうなっているかは事前に調査するべきでしょう

例えば自分だったら、卒業生に直接話を聞きに行くと思います

ブログ記事の多くが、ポジショントークでアフィリンクへ誘導するものか、「○○の末路」といった具合に過剰に不安を煽るものが大半です

一次情報を手に入れにいきましょう

Twitterでスクール名で検索し、卒業生らしき人を見つけたら、DMでもなんでもしてみていいと思います

いきなりフォロー外からDMが来ることを不快に思う人もいるかもしれませんが、せめて、そこは相手の時間を頂くことを最大限に配慮し、答えやすい質問の仕方を心がけるべきでしょう

たまに、生徒の卒業先がそのスクールの教員というギャグ展開があったりするので、質問相手は吟味しましょう。できれば一人ではなく複数人に。

各卒業生が卒業後、何をしているのかまで含めて知った上で情報を精査すべきです

もしスクール名で検索して卒業生が誰も出てこないのであれば、何の成果を出せてないスクールか、卒業生自身がそのスクールの卒業生であることを公開したくない理由があるということなので、避けた方が無難だと思います

この手のリサーチは自分が納得できるまで、徹底的に行うべきだと思います

数十万という金額は、その労力をかけるに足る金額だと思います。何のリサーチもなしに数十万円という大金をぶっこむのは正気の沙汰ではありません

しかし、たまにこういう行動を取ってしまう人がいるのも事実だと思います。おそらく使い慣れない金額のお金のことを「途方もなく大きなお金」という認識しかできず、リスクとリターンを正確に計算できなくなってしまうのです

普段のランチの100円差、200円差には敏感なわりに、数十万という金額になるとかえって冷静さを失ってしまうのです

「無料で手に入るものにお金を払うのは情弱」という意見はナンセンス

さて、ここまではややスクールに対して批判的な論調でしたが、一方、スクールにも確かなメリットはあると思うので、触れていきたいと思います。

私が思うスクールの価値の一つは「自分にとって必要な教材を適切に選んでくれること」だと思います

巷ではよく「エンジニアになるために必要な知識は無料(or書籍等の安価な金額)で手に入るのだから、高額なスクールに通うのは情弱のやることだ」という意見を耳にします

しかし、これは偏った見方だと思います。必要な情報が無料で手に入るのは確かですが、無限にある情報のうちどれに、どの順番に手をつければいいか、初学者には分からないからです

ピースがありとあらゆるところに散らばった状態からジグゾーパズルを完成させるのは、とても難易度が高いでしょう

その上、パズルには必要のないダミーのピースもたくさん紛れています(むしろダミーの方が多い)

パズルは出来上がって初めて全体像として理解できます。全体が分かっている人であれば、ピース一つ一つの意味・役割を理解できるかもしれませんが、全体像を知らない初学者にはピースの選別は難しいです

無限にあるピースの中から適切なものを取捨選択し、理解できる順番に組み立てることが必要になりますが、これ初学者には難しく、全体を理解した経験者でないとできない、というジレンマがあります

このジレンマを解消する役割を担うのがスクールであると考えています

スクールは「これをこの順番で学習すれば必要な知識が身につけられるな」と、全体像を把握できる経験者が、それをできない初学者の代わりやってあげるというビジネスなのです

ピースひとつひとつが無料で手に入るとしても、それを体系的にまとめ上げることでお金を取れるものにはなり得ます

そこに価値を感じる人がいるのであれば、それはビジネスとして成り立ちます

ピースが無料なのだからその完成品のジグゾーパズルも無料になるはずという演繹は、「ピースを適切に組み立てるコスト」を度外視したものであり、スクールの批判として不十分でしょう

下手すると「勉強なんて独学で余裕でしょ?俺もそうしてきたし」という先輩エンジニアのイキリマウントにも取られかねない発言です

(※最近炎上してるパクリ教材スクールは、著作権盗用がアウトなのであって、情報元が無料であることが問題なのではないです)

つまり、スクールに通うとは「知識の体系化を外注する」という行為なのです。この点に価値を感じるのであれば、スクールに通うのはアリ、だと考えています

ただし、私は「必要な情報自体はほぼ無料で手に入る」「自分はそれらを適切に組み合わせればいい」ということに思い至ったとき、それならスクールに頼る前に一人でできることがあるだろうと思い、独学で進めていくことにしました

そして結局、そのままスクールに通うことなく現在に至ります

スクールの人材紹介ビジネスとしての側面

その他のスクールの利点として「メンターがいる」「就職の面倒を見てもらえる」の二つもあげられるかと思います

「メンターがいる」については確かに利点ではありますが、それならスクールでなくとも、MENTAのようなメンター専用サービスもあります。最前線で働くエンジニアの時間を、1時間数千円で買うことができます

書籍等に比べれば高額かもしれませんが、それでもたかが数千円。もしメンターがイマイチなら気軽に切り替えられます

メンターサービスを使うことを独学の範疇に入れるかは微妙なラインですが、私もいつかはこういったメンターサービスにお世話になることはあり得ると考えています。

後者の「就職の面倒を見てもらえる」についても、私はやや懐疑的です。

スクールの収益は主に、生徒からの授業料と、生徒を企業へ紹介する紹介料を企業から貰うことの二つです

つまり、生徒を企業に入れれば入れるほど、スクールも儲かるのです

もちろん、これ自体は悪いことではないですが、自分が就職活動をする裏の見えにくいところで何らかの利害関係が生じているということは、事実として知っておくべきだと思います

スクールの中には、紹介した企業に入社すれば授業料を全てバックしてくれるところもあります。これがビジネスとして成り立つのは、それだけ企業からの紹介料をもらうことができているからです

さて、ここで生徒側として留意しなければならないことは、スクールがあなたに紹介する企業が、必ずしもアナタが入りたい企業とは限らないということです

スクール側は、あなたにとって最善と思われる企業ではなく、紹介料や広告料をたくさん支払ってくれる企業を紹介するかもしれません

就職市場においては、自分自身が一つの商品として取り扱われることを認識しておかなければなりません

あまり人様のことを性悪説では見たくありませんが、自分の人生がかかっているのですから、慎重になりすぎるくらいでちょうどいいでしょう

そもそも、もし自分が入りたいと思ってる企業が決まってるのであれば、スクールとか転職エージェントとかを間に挟まず、直接企業の採用ページからエントリーした方がいいのでは?と思います。

企業側からすれば、直接応募の人間は採用したとしても紹介料を誰かに支払う必要がないので、採用が低コストで済みます。

企業の採用ページがないのであれば、社長や社員のツイッターにDMを送りつけることだってできるはずです。

「御社に興味あるのですが、エンジニア募集してませんか?ポートフォリオはこれです」

受け手によっては、こういった行為を迷惑に感じる人もいるかもしれません。非常識だと思われるかもしれません。

ただ、自分から動かない限りは何も変わらないのも事実です。転職という自分の人生がかかった場面なのだから、取れる手段は尽くすべき、というのが私の考えです

もちろん、これが相手方に迷惑かもしれない、という配慮は忘れてはならないでしょう

あくまで謙虚に「不躾な申し付けで恐縮ですが」という姿勢は必要です。間違っても「こっちは人生かかってるんだから」と開き直るのはよくないです

飽くまでも、取り合ってくれたらラッキー、という感覚です。確度は高くないかもしれませんが、やらなければ0%です

比較的新しいベンチャーであれば、採用活動の形式をガチガチに固めてないことも多いです。いわゆる「リファラル採用」の割合も大きいはず。

また先も述べた通り、採用はとにかくお金がかかる。エージェントやスクールに紹介してもらったり、色んなところに広告を出したりと、雇用者側からすると意識しにくいところに思わぬコストがかかっています

そこになるべく資金を割きたくないところだってあるはずです。それなら、ポートフォリオさえしっかり作っておきさえすば、「どこの馬の骨とも分からん奴から連絡きたけど、勉強はしてきてるみたいだし、とりあえず面接してみるか」と思ってもらえる可能性は十分にあると思います

就職市場においては、自分自身が一つの商品です。すなわち、就活とは自分という人材を商品と見立てた営業活動です

商品を売るやり方は一つとは限らない。他人に売ってもらう前に、自分自身で売り込みに行くことを考えてもいいはずです。

もし仮に企業側からとても評判のいいスクールがあり、「ここのスクールの卒業生は皆んな優秀だから、紹介料を払ってでも採用したい」と思わせるほどの錯覚資産を手に入れられるのであれば、それだけでそのスクールに通う価値はあるかもしれません

ただ、そのようなスクールは一体どれだけあるでしょうか?

むしろ「ここのスクールの卒業生は採用したことあるけど、全然使えなかったから、もうここから採用するのは止めよう」と、スクールの肩書きが足かせになる可能性だってあり得るのです

スクールの紹介として就活をするなら、そのスクールの人間という括りで見られることになります。それが必ずしも自分によい方向に働くとは限らないはずです

私は、自分のコントロールの及ばないところで自分の評価が上下してしまうことはリスクだと考えます

だからこそ、もしスクールに通うのであれば、そのスクールが各企業からどう見られているのかも含めて、リサーチしておくでしょう

スクールにしろエージェントにしろ「こちらがあちらを上手く使う」という主体的な姿勢を持てないのであれば、相手の利のために良いように使われて終わりかもしれません

あるいは、相手方の単なる能力不足で失敗することもあり得ます

自分一人で手を尽くし、それでもダメならスクールの力を借りる、という順番であれば、まだ検討の余地があります。これは勉強も就活も同じです。

しかしそうではなく、転職という人生の大きなターニングポイントでの選択を、利害関係の絡む他人に任せっきりにしてしまおうと思っているのであれば、まずはその他力本願な思考から脱却すべきということを、強く主張しておきたいです

おわりに ースクールに通うべき人とは?ー

自分がスクールに通った世界線との比較はできないので「独学がベスト!」と言い切ることはできません

ただ、独学オンリーでやってきたことについて後悔はありませんし、今のところスクールに通う予定もありません。その理由については、上述の通りです

もともとスクールは「必要になったら行こう」と考えていました。逆に言えば「必要性を感じるまでは通わない」ということでもあります

何度も繰り返しますが、独学のいいところをコストが安いことです。即ち、失敗したときのリスクが小さいということでもあります。

だから、まずは独学で行けるところまで行き、どうしても超えられない壁が出てきたときに初めてスクールの選択肢を考えよう、と決めて勉強を始めました

結果、独学だけでも業務委託を貰うところまでは辿り着くことができました

今の自分の時給単価から考えると、数十万円という金額はポンと払えるものではありません。失敗は許されません。

だからこそ、徹底的に検討し「ここに行けば自分の欲しいものが手に入る」という確信が持てるまでは、スクールに通うことはないでしょう

そこのリスクとリターンが自分の中で釣り合わないため、スクールは見送ってる、というのが現状です

残念ながら、スクールに通う人の何割かはカモにされているだけの情弱、ということ自体は事実でしょう

「みんな通ってるからなんとなく」「スクールをオススメしてる記事があったから」「必要な情報がほぼ無料で手に入ることを知らない」「スクールに行かないとエンジニアになれないと聞いたから」というレベルの理解度だと、誤った判断をしてしまう可能性が高いです

自分がお金を払って手に入れようとしているものの正体が分からない状態というのは、売る側からすればカモでしかないのです

しかし逆に「スクールに通わなくてもエンジニアになれることは十分知っているが、体系的な学習教材と気軽に相談できるメンターが利用でき、かつ怠け癖の自分に勉強する強制力を働かせることもできる点で便利であり、自身の成長スピードを上げることができそうだから、スクールに通おう」

といったレベルまでスクールに通う意義を落とし込めている人であれば、スクールから得られるものは大きいと思います

「受動的に教えてもらう姿勢」ではなく「支払った金額分、スクールを主体的に使い倒す姿勢」が持てているのであれば、スクールも有効な手段となり得ると考えています

最後に、本記事ではスクールに対して批判的な内容が多かったですが、決して普遍的に「スクールには通うべからず」と主張するものではありません

結論は「人による」です。スクールを卒業して活躍しているエンジニアもたくさんいます

私は今のところ必要性を感じていませんが、メリットも確かにあります。これが将来ひっくり返る可能性も十分にあり得ます

大切なのは、スクールに通う意義について、可能な限り解像度を高めることです

勉強するのは自分です。それは独学でもスクールでも変わりません。手段は違えど、結局勉強し、転職し、エンジニアとして働いていくのは自分です。そのことを忘れてはいけません

私自身、改めて気を引き締めていかなければと思います

この記事が、一人でも駆け出しエンジニアの主体的な学びにつながれば幸いです